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1953年大阪府生まれ。1968年に人間国宝の人形遣い・三代目吉田簑助氏に入門し、吉田簑太郎を名乗る。2003年に父(人間国宝・二世桐竹勘十郎)の名跡を継いで三代目桐竹勘十郎を襲名。昨年は九尾の狐が化ける7役を早変わりで演じた「玉藻前曦袂」が大変な話題となったほか、小学校で文楽を教える「高津子供文楽」など、文楽を広める活動にも積極的に取り組まれている桐竹勘十郎氏にお話を伺いました。

日時:2016.1.7
於:国立文楽劇場(大阪市)

第1章

支店長 文楽は大阪に来てから2度見ましたが、昨年11月の「玉藻前曦袂」は凄く感動しました。

桐竹勘十郎氏 珍しい演目で、私も初めてやりました。特に七化けの場面は41年前の東京(国立劇場)での公演以来の上演です。当時は、先代の吉田玉男師匠が演じられたのですが、そのとき私は七化けの1つの足遣いをやらせてもらいました。当時のことはほとんど覚えていなかったのですが、なんとか演じることができました。他の人は全員初めてでしたので、大変でしたけど、普段ご覧頂くお芝居とは違う面白さがあって、時々難しい演目に挑戦するのも良いなと思いました。


玉藻前の人形たちと
       「玉藻前曦袂」で演じられた人形たちと 撮影/小川知子

支店長 文楽は、歌舞伎と同じような演目が多いですが、実際に拝見すると随分違うなと思いました。太夫、三味線、人形遣いが分業*しているところが相当違いますし。
文楽解説

玉藻前解説

桐竹勘十郎氏 そうですね。演目などは歌舞伎と同じようなものもやっていますが、この3つで成り立っているところが大きな違いです。どれが欠けても文楽と言えませんので、どの仕事も非常に大切な仕事ですが、オーケストラのように指揮者がいる訳でもないですし、演出家もいません。人形の場合はその都度、一番中心の役によって他の動きが決まります。これが人形遣いの難しさでしょうか。太夫、三味線にもそれぞれの難しさがありますけど、息が合うかどうかが勝負ですね。

支店長 あれだけ複雑なことを長い時間やるにも拘わらず、全体練習、全体稽古が1回位しかないというのが、信じられないです。よく本番で合いますね。

桐竹勘十郎氏 ずぼらのようですが、昔からこのやり方ですね。もちろん玉藻前のように何十年もやってない場合は、少し打合せしますが、それでも稽古が1日多い程度です。文楽の人はみんな覚えているので割と平気です。また、普段の修行で身に付けた技術と主遣いの指示がしっかりしていれば、急に3人が組んでもすぐに動けるのです。主遣いは本を読んだり、音を聞いたりと勉強しますが、3人で都度合わせて稽古するということはないです。

支店長 太夫、三味線と頻繁に合わせないというのも本当なのですか。


阿古屋
     「阿古屋」撮影/森口ミツル

桐竹勘十郎氏 太夫と三味線は何回か組んで稽古されるのですが、浄瑠璃、義太夫節が出来上がっていれば、いつ人形が入っても合いますね。

支店長 語りと音楽の方に人形遣いの方が合わせるということなのですか。

桐竹勘十郎氏 これは難しいところで、誰かが誰かに合わせては駄目だと言われます。もちろん義太夫節が耳から入って人形は動く訳ですが、合わせようとすると逆におかしくなります。特に、太夫が三味線に合わせるというのは一番いけないと若い人がよく怒られています。太夫が次に出す音階を三味線がちょっと前にツンと弾くことでリードするので、心地良く聞こえるのですが、それについていくのではなく、自分の語りをしなさいと。人形もべったり浄瑠璃につくのではなく、自分の世界を持つことが大事です。三者が思い切り芸をして、真ん中でボンッと当たっているところをお客さんに見てもらえたら、一番面白いものが見て頂けると思うのですが、少しずれると駄目になってしまいます。

支店長 同じ演目で1か月近く公演される訳ですが、初日よりも日が経つに連れて円熟したものになっていくのでしょうか。

桐竹勘十郎氏 そうですね。初日はきっちりと演じるのですが、そこから崩すこともありますし、膨らませることもあります。だいたい落ち着くまで3~4日ぐらいかかります。好きなお客さんは、初日に、緊張した、きっちりとしたものを見て、それからまた数日後と、3~4回ぐらい見て、この日が一番良かった、といった楽しみ方をされますね。

支店長 文楽の楽しみ方として、時々どこを見たら良いのか分からなくなることがあります。大体は人形を見ているのですが、時折太夫の凄い感情移入に圧倒されます。例えば、玉藻前で女性が殺されるところとか。

桐竹勘十郎氏 玉藻前では3~4段目は聞かせどころが多く、そこを語る太夫には迫力があります。人形なしでも十分楽しめるように出来ていますので、人形でも太夫の語りでも、どこを見て頂いても結構ですので、自由に楽しんで頂ければと思います。オペラやミュージカルのような音楽劇ですが、こういう非常に面白い演劇がよく誕生したなぁと思います。

支店長 17世紀後半に竹本義太夫が竹本座を始めた時から分業していたのですか。

桐竹勘十郎氏 いえ、その以前から太夫、三味線、人形遣いで演じていました。最初は語りが中心で、人形は一人遣いの簡単なものだったのですが、1734年には大阪道頓堀の竹本座で、三人遣いで上演したという記録があります。話が複雑になるにつれて、一人遣いでは難しくなってきて、三人で動かし始めたのが大いに受けたということだと思うのですけどね。この三人遣いを考えた人はすごい、と思います。

支店長 オペラやミュージカルは、役者が台詞をしゃべりますので、音楽との2分業。文楽はセリフも分離させた3分業ですから、より機能特化した分業ですね。ビジネスにも通ずるものがあります。

錦祥女「国姓爺合戦」
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