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日本銀行券のルーツは「越前和紙」

(写真提供:金沢市)

日本銀行券の「紙すき技術」と「すかし技術」のルーツは「越前和紙」です!

「越前和紙」の歴史は古く、奈良時代には既に紙がすかれていました。
1660年(江戸時代)、福井藩主からの要望で、日本で最初に「すかし技術」を開発し 「すかし(梅と鶯の文様)が入った紙」を献上しました。
また「紙すき技術」の研究を続けた結果、近世の「藩札」や近代の「金札」の紙に「越前和紙」 が採用されました。
その後も「紙幣用紙」の研究開発に協力し、新しい技術を完成させてきました。



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福井藩札、私入札、太政官金札、民部省金札
種類 写真 解説文
福井藩札
私入札
【私入札】【福井藩札】
私入札、福井藩札の画像
1661年寛文元年、日本で最初の藩札が福井藩にて発行されました。 藩札は領内だけで通用する紙幣で、用紙は越前和紙が使用されました。紙すきの技術は、絶対秘密とされ、 紙すきの業者は起請文(誓約書)を提出させられました。福井藩札の紙のよさは評判となり、 他藩でも利用されるようになりました。
太政官金札
民部省金札
【太政官金札】
太政官金札の画像
【民部省金札】
民部省金札の画像
1868年(明治元年)、時代が明治となり、 新政府は全国で通用する紙幣(太政官金札)を発行しました。新政府は、越前和紙が一番良いと判断し、 紙幣用紙として採用しました。その後も越前和紙の紙すき関係者は、紙幣用紙の研究開発に協力し、 越前(五箇村)は「お札のふるさと」と呼ばれるようになりました。

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一枚起請文、すかし技術、紙の原料
種類 写真 解説文
一枚起請文 一枚起請文の画像 起請文前書之事(きしょうもん まえがきのこと)
一 お札の紙をすいている間は、原料の割合・技法について他人はもとより親子兄弟にもその内容を語らないこと。 作業所に落ちた紙屑なども隠し持たないこと。
一 外部の者が似かよった紙をすいている場合は直ちに主人へ申し伝えること。これらの事に背いたものは神々の神罰を受けることになるので、約条に背かないことを誓います。

宝暦四年二月
伊助
庄助
佐助
小助
佐祢
さよ
よし

すかし技術 【白すかし】
白すかしの画像
クリックすると”すかし”が見えます
【黒すかし】
黒すかしの画像
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すかしの技法(ぎほう)には、「白すかし」と「黒すかし」があります。
【白すかしとは?】
文字や模様の図柄を貼り付けて漉くので、その部分が薄くなり、図柄が見(み)えます。
【黒すかしとは?】
すかしに厚い部分と薄い部分があって、立体的な文様が見えます。お札だけに用いられ、民間での製造は禁じられています。

紙の原料 【三椏(みつまた)】
三椏(みつまた)の画像
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【楮(こうぞ)】
楮(こうぞ)の画像
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【雁皮(がんぴ)】
雁皮(がんぴ)の画像
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【麻(あさ)】
麻(あさ)の画像
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越前和紙の原料には、「三椏(みつまた)」、 「楮(こうぞ)」、「雁皮(がんぴ)」、「麻(あさ)」が使われています。
お札に使われる紙は、国立印刷局で作られていますが、紙の主な原料は、「三椏(みつまた)」や 「麻(あさ)(マニラ麻)」などです。
お札の紙は、紙の中でも最高の品質を誇っています。

(注)藩札・起請文は複製です。
上記の藩札等の写真はすべて 越前和紙の里「紙の文化博物館」より
お借りして撮影したものです。