にちぎんしものせき

当店の歴史

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 山口県における日本銀行の歴史は、明治26(1893)年の西部(さいぶ)支店開設にさかのぼることができます。その後西部支店は、明治31(1898)年に関門海峡を越えた門司へ移転し、日本銀行の支店が県内にない時期が続きました。

 昭和20(1945)年8月の終戦直後から、我が国の経済は今まで経験したことないようなインフレーションに突入し、これを反映して日本銀行の事務量は大幅に増加しました。日本銀行では業務を円滑に効率的に行うために全国への支店網の整備を急ぎ検討し、昭和22(1947)年12月1日、山口県の金融経済の中心地である下関市に改めて下関支店を設置しました。

 それでは当地(山口県下関市)における日本銀行の歩みをご紹介します。

西部支店時代 下関支店開設 営業所改築 現在
年表 歴代支店長
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西部(さいぶ)支店時代(明治26(1893)年〜31(1898)年)

 日本銀行は、明治15(1882)年10月10日に開業、同年12月15日には大阪支店を開設しました。西部(さいぶ)支店は、大阪以西の金融が円滑に行われるように、大阪に次ぐ西日本で2番目の支店として設置されました。

 西部(さいぶ)支店は、門司におく計画だったのですが、当時の門司はまだ鉄道が開通したばかりで、市街地が形成されていなかったため、当分の間は、門司と同一経済圏を形成していた赤間関市(あかまがせきし)(現下関市)に支店をおくことになりました。

 こうして西部(さいぶ)支店は、明治26(1893)年10月1日、「赤間関市西南部町(あかまがせきし にしなべちょう)52ノ1」に開設され、翌2日から営業を開始しました。初代支店長は高橋是清(後の第7代日銀総裁、第20代内閣総理大臣)、総員14名の小世帯でした。

 その後、明治31(1898)年10月30日、西部(さいぶ)支店は当初の計画に沿って、門司港に新築された店舗に移転し、門司事務所を経て、今の北九州支店へと受け継がれております。

初代支店長の高橋是清 西部支店設置申請書

「西部支店設置申請書」

西部支店設置認可書

「西部支店設置許可書」


日本銀行金融研究所アーカイブ保管

〜画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。〜

ミニ知識
西部支店があった「赤間関市西南部町52番ノ1」は土地台帳から確認した結果、現在の南部町19-7明治安田生命下関ビルの敷地内と推察されます。
西部支店の建物は、第百十国立銀行(山口銀行の前身)の店舗(元は大きな船問屋の建物)を買い取り、改築を加えたものでした。西部支店の門司移転後は、再び第百十国立銀行が買い戻しています。

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下関支店開設 旧店舗時代(昭和22(1947)年〜48(1948)年)

 昭和22(1947)年12月1日下関支店は、旧下関税務署の建物を引き継いで、現在地に設置されました。

 岩瀬支店長以下職員総数78名、中古のベビーフォード、トラック、リヤカー各1台、これが戦後の焼け跡の中に誕生した下関支店の構成でした。

下関支店開設当時の写真 「下関支店開設当初の写真」
建物は戦災にあった元下関税務署庁舎に増改築を施したものでした。
日銀下関支店開設の新聞記事 「下関支店開設を伝える当時の新聞」


当時の金庫前の様子
金庫前の様子
営業場ロビーの様子 営業場ロビーの様子


執務風景(昭和30(1955)年)
執務風景(昭和30年)
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営業所改築 仮店舗時代(昭和48(1973)年〜50(1975)年)

 これまで使用していた店舗が老朽化したため、昭和48(1973)年9月に店舗を建替えることが決まりました。工事中の1年5か月は観音崎町の現山口銀行別館(旧三井銀行下関支店)を仮店舗として営業を続けました。

仮店舗(昭和48年 現山口銀行別館)の写真 仮店舗(昭和48(1973)年 現山口銀行別館)
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現在(昭和50(1975)年〜)

 昭和50(1975)年1月に鉄筋コンクリート造りの現在の店舗が完成、今日に至っています。

 当地に下関支店が設置されて半世紀、その間の業務面での推移をみますと、まず銀行券の受払高は、昭和23(1948)年の94億円から現在(平成22年中)は6,853億円と、約73倍に増加しています。これに象徴されるように、お金の円滑な供給や金融機関間の資金決済、政府の銀行としての事務などの仕事は年々増大してきました。

 当店ではこうした事務量の増大に対し、銀行券自動鑑査機の設置、日銀ネットによる資金決済の対外オンライン化、OCR(光学式文字読取装置)システムによる歳入金の処理開始など、取引先金融機関や官庁のご協力を得ながら機械化・効率化を進めています。

 当店に当座預金を有する金融機関は、銀行(都市銀行や地方銀行)のほか、昭和30年代以降、相互銀行(平成元年に普通銀行に転換しました)や地元信用金庫が順次加わり、山口県の金融と当店とのつながりはより深いものとなってきました。

 また、経済調査については、県内の企業に出向いて直接お話を伺うことを基本としていますが、それに加えて、昭和32(1957)年に短観(四半期毎に行なう企業へのアンケート調査。業況や収益、設備投資計画等を調査)を開始し、昭和49(1974)年にはその対象を中小企業まで拡大するなど、その充実を図ってきました。こうした結果を月例記者会見や講演に加え、webサイトを開設するなど、山口県の皆様にとって有益で利用しやすい情報として提供させて頂くよう努力しています。

現店舗の写真 現店舗
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