宮崎事務所の役割と機能 / 宮崎事務所の歩み 宮崎県出身の日本銀行総裁 |
宮崎事務所の役割と機能
日本銀行宮崎事務所は、地域経済の健全な発展を縁の下から支える役割を果たしています。日本銀行は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することと、決済システムの円滑な運行を確保し、金融システムの安定に資すること」を使命としていますが、当事務所はその任務を「現場の第一線」で遂行・補佐する立場にあります。
具体的には、金融機関との間の銀行券の受け払いを通じ、宮崎県内全域における通貨の円滑な供給・流通を支える重要な役割を担っています。
また、県内に所在する企業、金融機関をはじめ、政府関係機関、県庁、市町村等のご協力を得て、金融経済動向に関する各種の情報を収集・分析し、本部に報告する「アンテナ」の機能を果たしていますが、こうした情報は金融政策運営に当たっての貴重な判断材料となっています。
一方、宮崎県内の金融経済動向に関する調査・分析結果については、定例記者会見で毎月公表していますほか、本部や海外の情報についても、各種講演等の形で地域に還元するなど、広報活動および意見交換にも力を入れています。
さらに、当事務所には、宮崎県金融広報委員会の事務局が設置されています。
宮崎事務所の歩み
昭和21年 2月 | 駐在員事務所として日向興業銀行(現・宮崎銀行)本店建物内に開設 |
昭和23年 2月 | 駐在員事務所を「事務所」と名称変更 |
昭和23年12月 | 独立店舗(宮崎市橘通東1-9-8)に移転 |
昭和46年 8月 | 宮崎銀行本店新築に伴い同行建物内に移転(宮崎市橘通東4-3-5) |
平成28年 2月 | 開設70周年 |
宮崎県出身の日本銀行総裁
宮崎県出身の日本銀行総裁としては、小林市(当時小林町)出身の第23代総裁・森永貞一郎(在任昭和49年12月〜昭和54年12月)が挙げられます。
森永氏は、明治43年宮崎県小林市に生まれ、東京帝国大学法学部卒業後、昭和7年大蔵省へ入省。大蔵事務次官を経て、中小企業金融公庫総裁、日本輸出入銀行総裁、東京証券取引所理事長、 日本銀行総裁、皇室参与を歴任。昭和55年勲一等旭日大綬賞受賞、昭和61年5月逝去(76歳)、小林市名誉市民、平成6年森永貞一郎記念館(小林市大字細野274)竣工。
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