夏の日差しが木々の葉を通して柔らかく照り落ちる渓谷。滑らかな岩肌をさらさらと流れゆく清流には、格別の情趣があります。私の家族のお気に入りは、栃木県日光市にある「床滑(とこなめ)」という場所ですが、東京の世田谷にある「等々力(とどろき)渓谷」も、都心にいることを忘れる、稀有(けう)なパワースポットです。
もっとも、筑後平野から出てきたワタクシ。思春期の美しい思い出の中で、ひときわ大切な場所は、宇佐市院内町にある「岳切(たっきり)渓谷」なのでした。
先日久しぶりに訪れるまで、実は高校3年生の夏に、一度きりしか来たことはありません。その前年、数カ月の紆余(うよ)曲折の末、受験へのラストスパートを迎える直前に、隣県の別の学校に抗議の転籍をするという、人生の大きな跳躍を経験した直後のことでした。今どきの表現だと「エモい時期だった」という感じでしょうか。とにかく、予定外の劇的な環境変化の中で、進学そして上京という未来の扉をこじ開けようともがいていた時でした。日々のいろいろが、鮮烈な記憶として焼き付いています。
たっきり たっきり たっきり たっきり たっきり たっきり
18歳の僕のはだしを、そうささやきながら優しくなでてくれた冷たい水の流れ。31年後の夏も、限りなく涼やかで透明で、美しいままでした。(日本銀行大分支店長)