久しぶりにサルバドール・ダリの絵に向き合って、不思議な感覚に襲われました。描かれているものは明らかにうそ。だけど心のどこかが「これこそ本当だ」とささやいてくる。例えば、溶けた時計。あれは時間の終わりを描いたもの? あるいは、時間そのものがただの幻影に過ぎないという宣言でしょうか?
彼自身も、何かを溶かしながら生きていたのかもしれません。現実とか、理屈とか、ちょっとしたプライドとか。普通なら「いやいや、あり得ない」と踏みとどまるところを、ダリは迷わず突っ込んじゃう。だから、時計が溶ける。僕にとってのダリは「溶ける人」です。
そしてあのひげ。あれのせいで「なんかすごい」って感じになる。意味不明なことを言っていても、それがまた「ダリっぽい」になるのがズルい。
それでチョコレートとか胃薬のCMに出てるわけです。普通の芸術家なら「そんな商業的なことは…」となるところを、ダリは軽々と超えてくる。「だってお金いるじゃん?」みたいな顔して。それがまたいい。
結局、ダリの何が僕たちを引きつけるのかというと、「これが俺だ」っていうのを全力で見せているところじゃないかと。溶ける時計も、奇妙な風景も、全部ダリそのもの。僕たち凡人も、何かが溶けるくらい振り切ったほうが、いい人生になるってことかもしれません。 (日本銀行大分支店長)