東日本大震災の後、地震で傾いた東京タワーの先端近くの支柱の中から、軟式野球のボールが発見されたというニュースがありました。
人が近づけるような高さではないので、建設当初からずっと、そこにあったものに違いありません。誰かが隠したものか、偶然に入り込んだものか。大勢の人と一緒に、私もずいぶんと、想像をたくましくしたものです。
昔むかし、まだ戦争が終わって十数年しかたっていない東京の真ん中で、組み上げ前のタワーの部品が、資材置き場にひっそりと積み上げられておりました。隣の空き地では、子どもたちがいつも、野球をやっておりました。ある日のこと、バッターが高々と打ち上げたボールが、外野を守る少年の頭上を越えて大きく弾み、金網の向こうに山積みされていた、鉄骨の中に紛れ込んでしまいました。
空想の舞台設定は、昭和30年代の東京・下町、夕暮れ前。しかし、実際には目にしたこともない生まれる前の光景です。下敷きになったのはおそらく、私自身の中に残る、昭和も終わる頃の「僕らの空き地」の風景でした。
放課後の君たちは今、どこに集まっていますか? ただの郷愁かもしれません。でも、スマートフォンの画面越しではない「ボールのやりとり」に興じた余白も、君たちの原風景の片隅に、しっかりと残っていますように。(日本銀行大分支店長)