このページの本文へ移動

公表資料・寄稿

寄稿等

夏のクリスマスツリー

梅雨入り前のひと夜、豊後大野市の白山渓谷に、ホタルを訪ねました。

おぼろ月が照らす黒々とした谷の一帯を、時折不思議に同調しながら、ふわりふわりと舞う柔らかな明滅の群れ。かそけき光が、これほどまでに心を引きつけるものかと、言葉を失い、時を忘れてたたずんだひとときでした。

押し寄せてきた懐かしさの底に、少年時代の記憶が、これもふわりふわりと瞬いています。

ある年、なぜかその夏の入り口に限って、農業用水路が流れる自宅前のやぶに、ホタルが出ているのを見つけました。妹と弟と3人で、クマザサの葉に止まる1匹また1匹を捕らえては、ジャムの空き瓶に入れていきました。僕たちはたぶん、歌にある「蛍の光」とはいったいどのようなものなのか、確かめてみたかったのです。

そのあまりの頼りなさに、蛍雪の明かりとは喩(たとえ)に過ぎないのだと得心した後の幸運は、祖父が挿し木から育てていた、自分たちの背丈くらいの庭木に、捕らわれのホタルたちを気まぐれに放ったことでした。

にわかにおびただしい数の瞬きをまとった、輝く小さな黄金杉。息をのんだ「夏のクリスマスツリー」の記憶。おそらくは美しい改変を経たものだとしても、きょうだいたちの幼い姿とともに、これからも時折、はかない光で僕の人生を照らしてくれると思います。(日本銀行大分支店長)