人影まばらな交差点。信号は赤。だが車は来ない。風だけが横断歩道を渡っていく。そんな時、どうしますか?
もちろん青信号が灯るのを待つわけですが、僕は時としてその間、左右を見ながらさっさと渡っていく自分の後ろ姿を想像します。逸脱への誘惑ではなく、小さな確認作業として。
人間の脳が毎日できる決断の回数には限りがある。だから僕たちは、多くの判断を「自動モード」に任せています。赤は止まれ、青は進め。ルールを確立し、それに従う。そうやって節約された思考が、恋とか夢とか失敗のための余白となるのです。
ルールは親切です。従っていれば、だいたい無事に生きられるように設計されています。社会とは巨大な説明書であり、信号機も項目の一つ。僕らはそれを信じて道を歩きます。ルールを知り、互いを信頼して生活することは、「大人になる」ための必要条件でしょう。
けれども、ルールは時として、独り歩きを始めます。安全のための赤信号が、赤色の命令に変わる瞬間がある。本来の目的が忘れられ、「守ること」が正義になる。そこでは「本当に守りたいもの」が見失われがちです。
だから僕は、赤信号の前で、1秒だけ考えます。この赤を守ることは、何を守ることに繋がっているのか。その1秒が、自分が意思あるヒトであることを確かめる、意外に大事な瞬間なのです。誰でもいつかは、信号機のない場所に行き当たることになるのですから。(日本銀行大分支店長)