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【対談 第6回】人工光合成研究センター 所長 天尾 豊 ×
大阪支店長 宮野谷 篤
日付:2016.8.26
於:大阪市立大学(大阪市)
新エネルギーへの関心が高まる中、人工光合成の実現に挑戦する大阪市立大学人工光合成研究センター長・天尾教授にお話を伺いました。
人工光合成とは?
無尽蔵の太陽光エネルギーによって水や二酸化炭素から、
水素やメタノール等の低炭素燃料を創出する技術
天尾氏:二酸化炭素を人工光合成で燃料などに変えることで、エネルギーと二酸化炭素の問題の解決に繋げていきたいです。
支店長:二酸化炭素はどこにでもありますから、成功すれば本当に素晴らしいと思います。
「小学生のころ、植物の光合成で必要となる葉緑素が『緑の魔術師』と紹介されていて感動しました」
支店長
光合成には子供の頃から強い関心を持っています。小学生のときに読んだ科学の本で、植物の光合成で必要となる葉緑素(クロロフィル)が「緑の魔術師」と紹介されていて感動したことを覚えています。また、水素自動車が実用化され、水素をいかに低コストで作るかが大きなテーマとなる中で、現在の水素の製造方法はコストが大き過ぎるうえ、エコと言えるのだろうかと思っていました。電気を大量に使って分解する方法や・・・。
天尾氏
石油を使って水素を生成するなどですね。
支店長
そうですね。そうした中で、太陽光エネルギーを使って、水や二酸化炭素から水素や燃料を創出する人工光合成を研究されている当センターの活動を知りました。これが実現すれば、水素を完全に自然界から作れるのではないかと思います。先生の研究は、エコでクリーンなエネルギーを求める社会のニーズにも合致していると思うのですが、近い将来の目標と、究極的な目標は何でしょうか。
クロロフィル(葉緑素)とは?
植物が二酸化炭素と水を取り込み太陽光などの光エネルギーを使ってデンプンなどの炭水化物を合成する光合成において、光エネルギーを吸収する役割を持つ化学物質天尾 豊(あまお ゆたか)
大阪市立大学 複合先端研究機構 教授
兼 人工光合成研究センター 所長
1997年 東京工業大学大学院生命理工学研究科バイオテクノロジー専攻 博士課程修了
1997年 財団法人神奈川科学技術アカデミー 光機能変換材料プロジェクト専任研究員
1998年 科学技術庁航空宇宙技術研究所 (現宇宙航空研究開発機構)研究員
2001年 大分大学工学部応用化学科准教授を経て、現在に至る
「人工光合成の技術で二酸化炭素を有用物質に変えられるようにすることが目標です」
天尾氏
現在、火力発電所や製鉄所の煙突から出てくる二酸化炭素を集める技術はありますが、集めたものを地中に埋めようとしています。近い将来の目標としては、その一部を人工光合成の技術で有用物質に変えられるようにすることです。例えば、二酸化炭素からギ酸を作って、ギ酸を分解して水素を作るといったものです。水素は運ぶのが非常に危険ですが、ギ酸は運びやすい液体です。水素ステーションにギ酸を持って行き、必要なときに触媒を入れて水素を出す、といった形で使えるのではないでしょうか。また、私は光エネルギーで二酸化炭素からメタノールを確実に作る技術も確立しました。メタノールは燃料になります。アメリカのカーレースでインディカーというのがありますが、かつては燃料をガソリンではなく、メタノールで走っていました。
支店長
同じところを高速でぐるぐる回るレースですね。
天尾氏
そうです。時速400kmくらいで周回しますね。自動車は、一見すると二酸化炭素の排出源ですが、排出された二酸化炭素から有用物質を作ることができるようになると、二酸化炭素排出問題も解決できるのではないかなと思いました。水素社会が将来どの程度実現するのかは分かりませんが、例えば東京オリンピックなどでインフラが出来るときに、その一部分に人工光合成技術が組み込めればいいなと考えています。
支店長
では究極的な目標は、二酸化炭素の削減でしょうか。
天尾氏
そうですね。まずは火力発電所や製鉄所で集められる二酸化炭素の半分程度は人工光合成の技術で有用物資に変えて、次の技術へ繋げることができればと思います。
支店長
現在のエコ技術やエネルギーは、日本にはほとんど存在しない希少物質を使うものが多いですが、人工光合成は二酸化炭素を使うところがすごいと思います。二酸化炭素はどこにでもありますから、成功すれば本当に素晴らしいことですね。
「二酸化炭素からメタノールを作るのは机上で考える以上に容易なことではないのです」
天尾氏
究極的には二酸化炭素と水から、何か有用なものが出来ればというところです。水素は水を分解すれば何とか作れますので、二酸化炭素を何にするかが次の課題ですね。
支店長
二酸化炭素からメタノールを作るのは、水素を作るよりも更に難しいことなのでしょうか。
天尾氏
難しいですね。二酸化炭素はもともと有機物の燃えカスですので、それを元の有機物に還元するにはどこかからエネルギーを投入する必要があり、それを光エネルギーで補うというのが人工光合成の出発点でした。二酸化炭素から少し戻した一酸化炭素を作る研究が今はよく進められていますが、さらにその上にはギ酸、ホルマリン、メタノール、メタンがあります。二酸化炭素からこれらの燃料が作れるところまでいくとすごいと思いますが、机上で考える以上に容易なことではないのです。
支店長
そこまで行くのは難しいとしても、第1段階の水素にこれだけニーズが出て注目されているのは、人工光合成にとっても大きなチャンスではないかと思うのですが。
天尾氏
そうですね、チャンスだと思います。水素はどうしても爆発しやすいなど危険で持ち運びが難しいですので、人工光合成でギ酸やアンモニアのような安定した液体を作って運搬できるようになると、人工光合成を使った水素社会の一端が出来てくると思います。
支店長:よりクリーンな水素を作る技術が必要ですね。
天尾氏:水素を作る方法にはいくつかの選択肢があり、択一ではありません。環境に応じて使い分けるのがよいと思います。
「もう実用化が近いということなのでしょうか?」
支店長
水素社会についてですが、水素を作る技術については、もう実用化が近いということなのでしょうか。
天尾氏
水を分解して水素を作る技術は現在でもたくさんありますが、課題も残っています。例えば、光触媒を使って、水を酸素と水素に分解する技術がありますが、酸素と水素が一緒に出るため、大量に出過ぎると爆発する危険性があります。このため、水素と酸素を分ける必要があるという難しさがあります。一方、現在実現している水素自動車は、クリーンだとされていますが、天然ガスや石油といった化石燃料を使って取り出した水素を使っていますので、結局のところ石油を使っているようなものです。
「水素を作るには、電気が豊富なところは電気分解、空き地や水が豊富なら光触媒、といった使い分けをすると、より良いエネルギーミックスができると思っています」
支店長
なるほど。よりクリーンに水素を作る技術が必要ということですね。
天尾氏
よりクリーンに水素を作るには、水を電気で分解する方法や、光触媒で分解する方法など、いくつかの選択肢がありますが、どちらが効率が高いとか、どちらが優れているという議論になりがちです。電気が豊富なところは電気分解、電気は作れないけれど空き地があって水が豊富なら光触媒、といった使い分けをすると、より良いエネルギーミックスができると思っています。ただ残念ながら、いずれも実用化には至っていません。
支店長
実用化に向けたハードルというのは、費用やエネルギー効率など色々あると思いますが、一番難しいのはどのようなところでしょうか。
天尾氏
一番難しいのはエネルギー効率の部分ですね。大学では「出来た」というところが非常に注目されますが、それを量産可能なシステムにするためには別のハードルがあります。例えば小さいフラスコのような容器で作ると非常に効率が良いものでも、容器を大きくすると光がよく当たる部分と当たらない部分が出てきて効率が悪くなるといったことですね。また、光をずっと当てていると葉っぱが枯れてしまうのと同様に、光合成に不可欠な色素が壊れてしまいます。耐久性と効率性が次のハードルになるかと思います。
「人工光合成の実用化のデバイスは?」
支店長
十分な耐久性がある場合には、1単位の二酸化炭素と水から化学式通りの水素が取り出せるのですか。
天尾氏
いえ、完全に分解する技術はまだありません。
支店長
現在、人工光合成については、太陽光からのエネルギー変換効率は0.2%で、将来的には10%を目指しているという記事を読みました。確認ですが、数値は大きいほど効率が良いわけですよね。
天尾氏
もちろんそうです。10%ということであれば、残りの90%は利用できていないことになります。
支店長
太陽電池のエネルギー効率は、最先端のものだと20%くらいだったでしょうか。
天尾氏
そうですね。小さいものだと30%近いものもあります。同じ土俵で比較されると、人工光合成は非常に厳しいのですが、例えば太陽電池の材料を使って二酸化炭素を還元するというやり方もあり得ます。その二酸化炭素を還元する際に人工光合成の技術をうまく使えば、実現は非常に近くなりますね。太陽電池は非常に優れた材料でもありますので、そういったものを使って効率を上げることも出来てくると思います。
支店長
人工光合成の実用化の要となるデバイスは、人工光合成膜のようなものでしょうか。
天尾氏
そうですね。溶液でも膜でも出来ますが、溶液のほうがやや難しいので、パネルのようなものにして、壊れたらその部分だけ差し替えるといったインフラが出来ると、産業として成り立ってくるのではないかと思います。
人工光合成膜とは?
中で太陽光と水と酸素から水素を精製する
光合成反応が起きるフィルム
光水素生産パネル(モデル)
「植物が行っていることを全て人工的に模倣するのは本当に難しい」
支店長
葉緑素を生物から取り出すというところは必須なのでしょうか。
天尾氏
そうですね。ただ生物からクロロフィルを取りだす方法でも、今まで生きてきた環境と違うため上手く働かない、あるいはすぐに壊れてしまうことがネックになっています。その部分をいかに人工的にカバーしていくのが、人工光合成が目指すべき一つの方向ではないかと思います。
支店長
そう考えると植物というのはすごいですね。
天尾氏
そう思います。人工光合成だと光エネルギーの9割をどこかへ捨ててしまっているわけですが、植物では30段階くらいの化学反応がほぼロスなく起こっています。植物が行っていることを全て人工的に模倣するのは本当に難しく、果てしないテーマになるでしょう。
支店長
光合成のメカニズム自体はすでに完全に解明されているのでしょうか。
天尾氏
大まかなところは全て分かっていますが、分子とか原子のレベルで、水がどのように分解されるかといったところでは分からない部分もあります。
支店長
それが完全に解明されたら、植物に近いシステムが作れるようになるのですか。
天尾氏
そう思われることは多いのですが。
支店長
簡単なことではないのでしょうね。
天尾氏
そうですね。光合成のメカニズムが再現できさえすればすぐに効率良く水が分解できるかというと、そうではないのです。その働きを助けるたんぱく質など周りにあるものが非常に重要なのですね。完全に人工的な光合成を実現しようとすると、あと100年以上はかかる気がします。
支店長:ひとつの信念で地道に研究を続けていたことが成功に繋がったのですね。
天尾氏:今は二酸化炭素の研究が注目されていますが、また冬の時代が来ると思います。その時に学生さんも含めて、諦めずに研究を続けてほしいと思います。
「研究を志したきっかけは?」
支店長
先生が人工光合成の研究を志したきっかけは何でしょうか。
天尾氏
高校の頃、生物で光合成が出てきました。教科書の記述は「6個の二酸化炭素と6個の水から、1つのブドウ糖と6個の酸素が出てくる。そこに光が当たって・・・」という1行程度のものでした。でも炭酸水に光を当ててもブドウ糖は出来てこないので、その理由にとても興味を持ちました。当然、葉っぱの緑色が関与しているのでしょうが、なぜ安定している水が酸素に分かれるのかが一番気になっていました。大学では理学部で、光合成とは違う研究をやっていました。バブル真っただ中で周りはみんな就職という感じでしたが、大学院に入った途端にバブルが崩壊しました。もともと企業就職を考えていなかったので博士課程への進学を考える中で、高校のときに考えたことを実現できないかと思い人工光合成の研究を始めました。もっとも、当時は、人工光合成は全く注目されていませんでしたが。
支店長
光合成研究で有名な先生を探して師事されたのですか。
天尾氏
そうですね。博士課程のときの指導教員ですが、特定の色素とある生体から取った酵素を触媒にして、水に光を当てて水素を作る研究をされていたのを面白いと思いまして。ある学会に自費で参加して、何とか博士課程から入れてくれないかと直談判して、入れて頂きました。現在はすでに定年を迎えておられますが、今でも非常にお世話になっています。自由に時間を戻せるのであれば、博士課程の頃に戻りたいと思うくらい楽しく研究させていただきまして、それが今の研究にも繋がっています。
「これまでの研究でご苦労されたことは?」
支店長
これまでの研究でご苦労されたことはありますか。
天尾氏
大阪市大に来る前は、13年ほど大分大学で准教授をしていました。准教授になってすぐに、二酸化炭素の還元に基づく人工光合成を始めましたが、当時、二酸化炭素は今ほど注目されていませんでした。人工光合成研究で二酸化炭素からメタノールの生成に世界で初めて成功したという研究も、今から十数年前、大分大学時代に指導していた4年生の卒業研究でしたが、論文を投稿しても「まあ面白いけど」とか「世界初だというのはよく分かるが、二酸化炭素をメタノールに還元して何か意味があるのか」という反応で(笑)。
支店長
えっ、当時はそうだったのですか。
「冬の時代を乗り切ったあと、チャンスが来まして」
天尾氏
当時はそうでしたが、2009年に当時の鳩山首相が国連気候変動サミットで二酸化炭素の25%削減を宣言したことから急に日の目を見るようになりました。二酸化炭素の研究は、それまでにやめてしまった人が多かったのですが、しつこく続けていたのが良かったのかなと思います。冬の時代を乗り切ったあとにこういうチャンスが来まして。
支店長
それは良いお話ですね。ひとつの信念を貫いて地道に続けていたことが良かったのでしょうね。
天尾氏
そうですね。今はまた二酸化炭素の研究をする人が少しずつ増えてきているのは嬉しいことです。また冬の時代が来る可能性もある訳ですが、学生さんも含めてその時に諦めずに続けて欲しいなと思います。今の日本は、ブームが去ると研究を止めてしまう風潮があるので、何とか食い止められればと思います。
支店長
確かに世界的にも原油価格が下がると、色々な環境面での取り組みなどが後退する傾向はありますね。
天尾氏
そうですね。そういう意味では最近の原油価格の下落で、我々の研究にも猶予期間が出来たと思いますので、焦らず確実なものを次に繋げていきたいですね。
支店長
そういえば石油は実は化石燃料ではなくて、今でもマグマからどんどん生成されているという説がありますね。
天尾氏
私が小学生のときには、今の時代にはおそらく石油は枯渇していると言われていましたが、まだだいぶあるようですね。当時の技術のままでしたら、枯渇していたのかもしれません。二酸化炭素の削減についても、よく二酸化炭素をゼロにすると言われる研究者がいますが、それは普通に考えると出来ないと思います。我々も呼吸で二酸化炭素を出していますし、それを吸うだけの植物がないとゼロにはならないということをきちんと理解していないと、話が独り歩きしてしまいがちです。科学技術で出来ることは、二酸化炭素の増加ペースを低くすることだと思います。二酸化炭素からメタノールを作っても、使用したときにはまた二酸化炭素が出てきますので、それを回収・活用して、循環することができればゼロになる、と考える必要があると思いますね。
「実験は基本的には全て失敗ではないというのが私の信念」
支店長
実験の中で、思っていたものと違うものが出来てしまったことはありますか。
天尾氏
何も反応が起きないということは多いですね。ただ、実験は基本的には全て失敗ではないというのが私の信念です。例えばガスが出てこなかったら、それはガスが出なかったという事実が得られた、と考えています。上手くいかない場合は、何か理由がある訳ですから、研究上で全く役に立たない大失敗というのはないですね。
支店長
そういうポジティブシンキングも大事なのでしょうね。
天尾氏
実験研究については、失敗というものはないと思った方が良いのではないかと思います。
支店長:関西は、化学や鉄鋼など二酸化炭素を多く排出する産業が盛んでありその二酸化炭素を使った水素の生成・活用には大いに期待しています。
天尾氏:環境産業への企業の参入が、産業活性化や二酸化炭素の増加ペースを弱めるような技術進歩に繋がると思います。
「文部科学省より『共同利用・共同研究拠点』の認定を受けました」
支店長
人工光合成研究センターの概要について教えていただけますか。
天尾氏
当センターは、人工光合成を加速的に実現させる産学官連携拠点として、2013年6月に設立されました。昨年4月に私が所長になってからは、副所長の吉田朋子先生に名古屋大学から来て頂いたことによって、生物、化学、光触媒の要になる方を配置できました。人工光合成研究センターは首都大学東京にもありますが、独立した施設と装置があって人工光合成を実際に研究しているセンターは日本でここが唯一だと思います。また、今年4月から6年間、文部科学省より「共同利用・共同研究拠点」の認定を受けました。今後、他大学の先生方と協力して、将来大化けするような研究の種が本センターから出てくると思います。
「建物の1階に男子トイレはありません」
支店長
それは楽しみですね。副所長が女性と伺いましたが、こちらのセンターは女性研究者の研究開発サポートが充実しているそうですね。
天尾氏
はい。この建物の1階には男子トイレはなくて、女性サポート室や更衣室など、全て女性のための施設になっています。女性サポート室には畳張りの部屋もあって、横になって休めるほか、きちんと遮光されて見えないような形になっているなど、女性研究者にとっても良い研究がし易い施設になっていることが一つの特徴だと思います。
支店長
実際にそうした特徴をメリットと感じて、女性研究者が殺到していたりして・・・。
天尾氏
殺到はしていないですが、研究補助の方は女性が多いですね。
支店長
産学連携についてはどのような状況でしょうか。
天尾氏
本センター設立後1年ぐらいは、企業がほとんど入っておらず、記者に取材いただいても空の実験室を見ていただくだけで心苦しい思いをしました。本センターの当初の目標は、二酸化炭素と水からメタノールを作って2030年くらいに実用化するというもので、それを進めるために私がこちらに来たのですが、企業を回って説明しても、面白いけれど参画できないという反応でした。そこで水素を活用したものを含めて提案してみたところ、かなり興味を持っていただけました。現在は企業にも入っていただいており、自動車会社との間で人工光合成を使ったエタノール燃料の生成といった共同研究を行っています。
「よりクリーンな水素が求められるようになると思います」
支店長
やはり水素が脚光を浴びてから企業の参入にも勢いがついてきたということでしょうか。
天尾氏
ええ。水素を使って物を動かしてみようというお話には乗って頂ける所が多いですね。東京オリンピックの選手村に水素インフラを展開するという話もありますので、水素をどのように作ってどのように利用するか、どのように安全性を確保するかなど、これから本格的に動いていくのではないかと思います。
支店長
人工光合成で生成される水素のコストは高いのでしょうか。
天尾氏
石油などから生成される水素より高いです。もっとも、環境面からは、よりクリーンな水素が求められるようになると思いますので、この10年くらいで少しずつ導入されると期待していますし、我々も実現に向けて行動する必要があると思います。
「関西は人材が豊富」
支店長
企業の関心も高まっているということであれば、研究資金のねん出といった面では、あまりご苦労はないのでしょうか。
天尾氏
いや、厳しいですね。大学の研究にかかる科研費も絞られていますし、出口がはっきり見えないものには国も補助を出しづらいという風潮ですので、基礎研究のための資金確保は非常に厳しいです。確実に水素がたくさん出ますよというものであれば、比較的お金が付いたりするのですが。理学部の先生が応用をやらないといけないというのは、大学の研究としてはややおかしな構図だと思いますね。
支店長
関西に本センターを設置していることのメリットは感じられますか。
天尾氏
大阪市大はもともと天然の光合成の研究が盛んでしたが、大阪府大、阪大、京大には光触媒や水素、人工光合成でユニークな研究をされている方が多くいらっしゃいます。文科省から認定された人工光合成研究拠点も、関西でまとまって研究を進めていこうというものですが、そのための人材が豊富であることはメリットの1つです。また、阪大には太陽エネルギー化学研究センターがあり、こうしたところとも協働できると、東京に負けないものができると思います。あとは企業の水素社会への参画が広がれば、もう一段上のものが出来てくると思います。
支店長
関西の産業構造については、自動車産業の比重が低いことが1つの特徴ですが、化学や鉄鋼など二酸化炭素を多く排出する産業が盛んですので、その副産物として水素を得ることは容易なように思います。関西や大阪の企業との連携も進んでいるのでしょうか。
天尾氏
現在連携している企業は、残念ながら大阪の企業ではないですが、二酸化炭素だけでなく、水素社会の実現のためにも大阪の企業にノウハウを活用してもらうことが私の夢ですね。大阪でしたら、堺の湾岸地域の工場で二酸化炭素が排出されていますので、それをエネルギー会社に運ぶ産業が生まれていくのではないかと思いますし、製鉄所や火力発電所といったところで、新しいイノベーションの1つとして活用できるようにもしていきたいと思います。
「製品化できる企業は儲かるでしょうね」
支店長
これだけ水素が注目されている中では、安定的かつ効率的に水素分解できる技術を確立して、それを製品化できる企業は非常に儲かるでしょうね。
天尾氏
ある企業の方がおっしゃっていたように例えば屋根に乗っている太陽光パネルシステムに取り付けられる人工光合成パネルを作れば、太陽電池が動かなくなった時にはめ込むといった形で既存のインフラを活用できると思います。こういったところは、化学工学の人が設計などに携わってくれると、より実現化しやすいのではないでしょうか。こうしたパネルなどを作るメーカーが増えていくと、人工光合成も産業として成り立っていくように思います。
「日本企業の技術力は本当にすごいものがあります」
支店長
最後に関西経済や日本経済の活性化に向けた人工光合成の活用についてお聞かせ下さい。
天尾氏
自動車会社をはじめとして二酸化炭素を減らす研究などは既に始められていますが、環境産業はこれからだと思っています。将来も化石燃料から水素を作り続けることは環境に良いとは思えませんので、多少高くても二酸化炭素フリーの水素が売れるようになると期待しています。また、そうした水素を安定した液体で運ぶために人工光合成の技術が必要になるのではないかと思います。さらに、装置メーカーなどが参入することで、産業の活性化や二酸化炭素の増加ペースを弱めるような技術に繋がっていくことにも期待しています。
支店長
私も心底そうなると良いと思います。また、水素自動車とともに電気自動車も注目されており、イノベーション競争が起こると思うのですが、蓄電池にも限界がある一方で水素自動車にもコストの高さというネックがあり、それがどのようにブレイクスルーするのか興味があります。その一つの鍵は人工光合成が握っているのではないかと思っておりますので、先生と当センターには是非頑張って頂きたいと思います。
天尾氏
そうですね。また、日本企業の技術力は本当にすごいものがあります。人工光合成も今はフラスコ状態ですが、企業によって装置化されると、私たちが考えてこなかったような効率を上げる方法が出てくるのではないでしょうか。一定程度のところまで基礎研究で進めて、企業を説得できるような結果が出たときに、企業から効率化や製品化のための方策が出てくるのではないかと思います。
支店長
本日はありがとうございました。